日傘もいらず、サングラスをかけなくてもすむ、ほのかな休日の昼下がりの公園。
公園の周りは木々が生い茂り、外から見れば、まるで森のように見える。中央には、異常なほどに大きい、池があり、たまに噴水が、水しぶきを上げる。
その周りには、いくつかのベンチがありカップルが、肩をよせあって、恋などをささやいている。
子供づれの夫婦も見られ、子供たちは互いに、木の枝を振り回して走る子がいたり、
様々な色の風船を持って行き交う子どもの中で、
4・5歳と思われる男の子と女の子の兄妹が、鬼ごっこをしている。
ふいに女の子がこけ、時間をおいて、おきまりのかんだかい声をあげた。
軽快に走っていた男の子は、一瞬”またか”というような顔をしたが、すぐさま駆け寄っていき、女の子の膝をなでてやった。
それを見ていたカップルのなかでも、最も優しい目で見守っていた1人の女は、ため息をついた。そして、ころっと目つきが代わり、怒っているのか、今にも泣きそうなのか、よくわからない顔で、男に言った。
「今のまま変わらずにいる為に、私は働くのよ。どうしてそれがいけないの。
結婚よ、 二人で、生活していくのよ。今のままでいいと思うの。」
半分近くまで減った、たばこをふかしながら男は言った。
「いいじゃねえか、今のままで。このままずっとこのままでいいじゃねえか。
そりゃあ、ひとよか少しは金もねえし生活は苦しいかもよ。
でも、今のままでいられなくなるよりよっぽどいいよ。」
そして、また、たばこをふかし、ちらっと、女を見てまだ女があの目をしているのに気付き、すぐ空に向かって煙をはいた。
「じゃあ、今と変わらずいられるように私は、働くわ。」
「ばーか。俺はおまえに働くなって、言ってんだぜ。おまえ国語、1じゃねえか?
あんなに頭は良かったのによー。」
「何言ってんのよ、国語は得意だったのよ・・・。
そうじゃなくて、じゃあどうしていけないの。何が不満なの。はっきり言ってよ。」
男は煙と雲を比べながら、何で煙だけ消えていくんだろう、煙は本当に消えて無くな
のか、なんて思いながらたばこを消し、手の匂いを嗅ぎ、手をはたいた。
「ねぇ、ねぇったら。また聞いてないふりなんかして、はっきり言ってよ。」
「はぁ?何を。」
「何をじゃないわよ。もー、だから、どうして私は働いちゃいけないの?どうして?
それを聞いてんのよ。」
ジャンパーのポケットから、たばこを取り出しながら、
「だれも、働くなって言ってねえじゃねえか。
無理におまえまで、働く事ねえって言ってんだぜ。」
少し笑みがでたかと思ったが、また、ふて腐れたように、女は言った。
「どうしてよ。」
男は”しゃあねえな”って顔をして、百円ライターをつけた。女は、
「きゃっ!!」
って声をあげ、
「何よそれ、あぶなーい。やけどするわよ、なんなのそのライター?」
男は得意そうに、
「へへへ、びびったろ。俺が改造したんだよ。すげえだろ。」
「確かにすごいけど、あぶないわ、そんなに火がでちゃあー。」
女がいうのも当然なのだ。だって、その百円ライターの火は、まるでガスバーナーのような音をたてて、5㎝ほどの炎が飛び出すのだから。
「いいんだよ、どうせこのライターは、すぐどっかに忘れちまうんだから。」
「そういう問題じゃないわよ。じゃあ、それを拾った人はどうすんのよ。」
「そんなこと知るかよ。そんなもん拾う奴が悪いんだよ。」
「まぁーね。でも、それあぶないわよ。」
「うっせぇ女だなー。俺が気にいってるんだから、いいじゃねえか。」
「あっそう、好きにすれば、それなら、私も私で好きにするから。私、働くわよ。」
男は”だめじゃこりゃ”って顔をして、また、たばこをふかした。
「もう、今日、何本目、たばこの吸いすぎよ。やめなさいよ。」
「何いってんだよ、男が一度始めたことを、そんなに簡単にやめられっかよ。」
「また、そんなこといって、私は夏深のこと心配していってんのよ。
なによ、私の言うこと一度だって聞いてくれたことある。
いつも自分勝手で何にも考えてないくせに。ちゃんと真面目な顔で聞いてよ。」
「悪かったなぁ、真面目に聞いてるような顔じゃなくて、この顔は生まれつきだ。」
「ごめんなさい。」
これは以外に女は素直に謝った。とりあえず読み続けてくれることを信じて断わっておくが、二人はどちらかというと、美男美女なのである。夏深のほうは、今は、髪はぼさぼさだが、結構、昔はもてていたのだ。女の方、はじめて名前を明かすが、純子はきれいなタイプとはちがい、どちらかというと、かわいいタイプであり、極普通で、目は大きく、口はあまり大きくない。
「なにも謝るほどの事じゃねぇよ。
じゃあ言うぞ、耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ。
確かに、俺はずっとこのままでいたいから、おまえを働かしたくない。
でもそれだけじゃないんだ。
純子、働くってことは言葉にすると簡単に言っちまえるけど、
そんなにあまかねえんだよ。
言われた事だけやってりゃそれでいいなんてもんじゃない。
そんで自分のやりたいようにやれば、
後ろで自分のこと言ってる小せえ声が聞こえてきる。
そんな中におまえをいれたくないんだ。
おまえに変わってほしくねぇーんだよ。な、わかるか?」
純子の目には、あふれんばかりの涙がたまり、純子自身それにやっときずいたようで、空を見ながら鼻をすすった。
「それだけじゃねぇんだ。あの子たちをみろよ、
俺もあんな子どもがほしいんだ。
元気で、遊ぶ時はそれだけに熱中するようなそんな子どもが・・・・。
そんで遊び疲れて家に帰ってきたら、母さんが夕食の準備してて、
おまえがなげえ箸で鍋からちょっとだけつまんで食わしてやる。
そんで、「後は、父さん帰ってから」なんて言う、なんかそのようわからんけど、
そんな暖たけー家にしてえんだ。
だから、おまえにはずっと家にいてもらいてえんだよ。」
たばこはもうフィルター近くまで短くなっていて、夏深はそのたばこを捨て踏みにじった。純子の頬には、すでにいくつもの涙の後が出来ていた。